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水野勝仁(甲南女子大学文学部メディア表現学科)
日本映像学会第51回全国大会@神戸大学
はい、それでは甲南女子大学の水野が「VR体験をしているマウスにとっての映像とは何なのか」というタイトルで発表させていただきます。発表資料のデータ版と紙版も用意してありますので、どちらからでも見ていただければと思います。内容が長くて、途中ほとんどこの通りには喋れないので、飛ばしてしまうところがあると思いますので、こちらを読んでいただければと思います。データ版にはポッドキャストもついているので、これを聞いていただけるとだいたいわかるということです。
まず、私たちもヘッドマウントディスプレイというVR体験をすることが増えていると思うんですけど、それが動物実験にも使われていて、特にマウスに使われています。仕組みとしては2つあって、1つがディスプレイで囲ってしまう方法で、トレッドミルの上にマウスが乗って動いて、目標に到達したら報酬を得るという実験をしています。これが10年間ぐらい主流だったみたいなんですけど、ここ2年ぐらい、2023年から、まさにヘッドマウントディスプレイをつけたマウス用のヘッドマウントディスプレイが開発されまして、本当に小さいLEDとか有機ELのディスプレイをマウスにゴーグルのようにかけて、トレッドミルの上で動かすようになっています。
私はこれを見た時に、マウスは本当に何を見てどう体験しているのかなというのがすごく気になりまして、今回研究してみようかなと思ったわけです。今回は3つの研究から、ヘッドマウントディスプレイをつけたマウスは、ディスプレイで囲ったものよりも強いリアリティを与えているということが分かってきたということで、この強いリアリティを与えるんですけど、マウスという人間じゃない種のものは映像をどのように見ているのか、映像ってそこで何なんだろうということを考えてみました。
2023年に「Full field-of-view virtual reality goggles for mice」という論文が出まして、ここではヘッドマウントディスプレイ型の方がタスクへの集中力、空間認識能力の向上が見られるということで、比較すると、ディスプレイ型だとマウスには私たちよりも上の方が見えるらしくて、そこにカメラとか写っちゃうんですね。でも、ヘッドマウントディスプレイだとそれも映らず、捕食者なども映せるということです。
2025年に出た「MouseGoggles」という研究によると、上から迫る捕食者に対して、ヘッドマウントディスプレイをつけたマウスというのが、それに対して驚くということが起こっていて、こちら側がVRシステムの中で見ている映像で、マウスがそれと同期して、それに対してリアクションして驚くということが起こっていたり、フリーズしてしまうマウスもいるということです。これは驚くべきことで、研究していくと、いずれ映像だって気づいているかわかりませんが、自分に害が与えられないと気づいて、これが来てもジャンプしなくなったり、フリーズしなくなったりする。つまり、映像というよりは、現実世界そのものなんだけど、現実とはちょっと違うものとして、マウスはこのVRというのを体験しているんじゃないかということです。
ただ、ここで難しいのは、トマス・ネーゲルが「コウモリであることはどのようなことか」で書いたように、マウスの主観的な体験というのを、人間である私たちがマウスになれるわけではないので、想像するしかない。でも想像は、それはマウスになったことではないから、それでいいのかってネーゲルが言っている通りなんですが、実験者もやっているように、マウスの行動とか外から見える側から、その体験構造を推測することは可能だろうというアプローチで、この研究はさせてもらっているということです。
その時に、私たちは映像だと思ってしまうものは、マウスにとってはもう現実なんではないかと、素朴実在論的に目の前にある現実として受け取られているんじゃないか。それはマウスだけじゃなくて、それを研究している研究者の方もそう思っていると。何かの表象を見ているんじゃなくて、現実を見て、それに対してリアクションしているんじゃないか。
技術的なデモンストレーションとともに、私はこの映像を見た時にさらに研究しようと思ったんですが、マウスから眼球を摘出して、その眼球にVRで実際に映す映像を見せて、それで網膜にそれがどう映っているのかをカメラで撮影したというのがあって、まさにこの外側にある映像っていうのが、倫理審査委員会を通っているものなので、倫理的には研究的には倫理審査委員会を突破しているということなんですけども、外側にある光の配列が、そのまま網膜には届いているよと。その後のことは、本当に立体視とか、そういった脳の構造でそう見えてるのかっていうのはわからないけども、ここまではしっかりと網膜に光の配列がそのまま映るよというところまでは、しっかりと私たちに見せてくれる。なので、マウスが素朴実在論的に世界を体験しているという推論をするための重要な手がかりとなる映像ではないかというところです。
この映像っていうのは、それに対してマウスというものは、VRに対して適応的な行動をとっている。上から捕食者が来たらびっくりしたり、人間が思うようなジャンプをするとか、フリーズをするとかっていうことで、その映像というのが物理世界と同等の行動指針として利用されているということで、マウスはVR環境を素朴実在論的に、つまりそこにあるものとして体験しているという推論は一定の妥当性を持つのではないかと言えます。
ただ重要なのは、私は映像とかVRとかって言ってますけど、マウスにとってはVRや映像という認識がおそらくないということが、この研究の重要なところだし、面白いところだし、わからないところだと思います。人間というのは、VR体験をしているときに「これがVR」というメタ認知が働く。自分が別の状況にいるという認知が働くんですけど、マウスはそうではなくて、まさにそれが、私たちがVR映像だと思うことに対して、それが現実だって思うんではないかと。
Sita Popatが言っているような、視覚とその体内の固有感覚の不一致みたいなものは、私たちがVRを体験している時に人間はよく感じるものなのではないかなと思います。それを「不在-現前」の身体性とPopatは言っているんですけども、私たちはVRゴーグルをかけて、まずすることっていうのは、手が認識されない、手を前に出して、手をこうやって、自分の手がここにあるって認識することから始めるんですが、でも、マウスは今のところそれもしないということから、マウスと人間っていうのは、そこで感じている不在-現前、人間が感じているものとはまた違うんじゃないか。
しかも、今までは、マウスは人間と同じように視覚優位のような話をしてきましたけども、実際は人間は視覚優位で80パーセント以上視覚から情報を得ているということですが、マウスにおいては、嗅覚、触覚、特にヒゲですね、聴覚を頼りにして世界を認識しているんだと。多感覚を統合している。研究者たちも気づいていて、VRゴーグルにヒゲが当たるっていうのはマウスにとってストレスを与えるんじゃないかと。だから、当たったポイントをプログラムで認識させて、その影響を考えようということまでしています。けども、研究者たちは、このヒゲの影響は、この視覚で誘導されている行動から見ると、考慮しないといけないけども、VRに対してそこにあるものとして反応するという解釈を覆すほどでもないだろうと言っています。それはマウスがやっぱり驚くとか、崖の前に来たら止まるとかっていうVRの崖の前に来たら止まるとかっていう行動をしていることから、ヒゲの影響もありつつも、視覚情報が行動を主導している可能性は高いんではないかと。
私たちはこれはVRだって時々没入してVRだみたいにハッと気付くとか、そういうことはマウスにはないだろうと、これは私の仮説ですけども、ないだろうと。概念上、それがVRとか映像に囲まれている、映像だっていう認識はないのではないかというところです。