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水野勝仁『MASSAGE MAGAZINE』連載(2018〜2021年、全13回:第0回〜第12回)。インターフェイスを経由したあとの「サーフェイス」を追いかけ、やがて「バルク」「モノもどき」へと辿り着いた一連の論考の見取り図。

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連載の輪郭

2018年4月、第0回「インターフェイスはいつからサーフェイスになるのか?」で始まり、2021年4月の第12回で完結。カバーイラストはカワイハルナ。掲載は MASSAGE MAGAZINE。全回のリンクは サーフェイスから透かし見る_リンク集 に集約。

前作連載「モノとディスプレイとの重なり」「インターフェイスを読む」(エクリ)で立てた重なりの問題系を、「表/裏/透き間」の三項から一つのサーフェイスへと畳み直し、その奥行きとしてバルクを掘り当てていく——という流れに位置づけられる。

中心にある問い

インターフェイスはいつからサーフェイスになるのか?

エキソニモ・赤岩やえの「Screenshot」(水戸芸術館トーク)が最初の触媒だった。フルスクリーン、ツールバー込み、ウィンドウの重なり、ディスプレイを含む撮影、部屋ごと引いた撮影——段階的なズームアウトに沿って、操作可能性が抜け落ちた瞬間にインターフェイスはサーフェイスになる、という観察が最初の足場に置かれた。

辿り着いた場所

第12回の結論を一行で畳むなら——

インターフェイス以後のヒトは、モノを見て、モノに触れているのではなく、情報を見て、情報に触れている。

サーフェイス/バルクという古典的な物性論の語彙を、インターフェイス体験を経由したあとに戻す。するとバルクは物理的な「中身」ではなく、意識のなかで膨張する予測情報の束として立ち現れる。そのバルクがサーフェイスの型からはみ出してきたものが、モノもどき。主観と客観が「問答無用に接合される」体験の場として、錯覚作品・AR・VRが視野に入ってくる。

アーチ

キーワード 主な題材/参照
第0回 インターフェイス/サーフェイスの切り分け、連載宣言 エキソニモ・赤岩やえ《Screenshot》
第1回 バルクの導入。サーフェイスだけのモノは存在しない 『表面と界面の不思議』、藤幡正樹、谷口暁彦
第2回 ディスプレイが3DCG空間を型として切り抜く 山形一生《Untitled(bird)》《Untitled(stingray)》《ミュータント・スライム》
中盤 サーフェイスとバルクの反転を個別作例で積み重ねる ネットアート、サーフェス系作品
第8回 仮想世界と物理世界の摩擦攪拌接合 エキソニモ《Click and Hold》
第9〜10回 チャーマーズ「情報の二相理論」/確率的に現れ消える空間 YOF《2D Painting》、山形一生、角銅真実MV
第11回 バルクがサーフェイスの型からはみ出し、モノもどきになる スマートフォンというインターフェイス体験
第12回 予測誤差最小化で「ずぼらなバルク」を記述/AR・VRへの展望 小鷹研究室《質量ゼロのガムテープを転がす》、ホーヴィ『予測する心』、渡辺正峰『脳の意識 機械の意識』

連載が残した語彙